たぶんこの答えは、
人の数だけ正解が存在すると思うので、
たった一つ答えを書いて「これが正解だ」
とは言えない類のものだとは
私も思っています。

ただ、今回は、あえて自分の意見を書いてみようと思います。

さてしょっぱなから(自分にとっても)痛い所から書きますが、

多くの人は、

運を良くしたい。幸運になりたい。

と「不運な人」ほど、切に思っています。

いつも上手くいかない人や、失敗ばかりの人、
また、まわりの人全員が運が良い人に見えてしまう方ほど
「運を良くしたい」と本気で思っています。

しかし逆に、

本当に幸運な人は、運とか不運とか考えることすらない。

というのが不思議です。

(つまり、
 幸運が空気のように当たり前になっていて
 運、不運をまったく気にしない。
 という人が世の中にはいます)

さて、ここを読んでいるあなたはどっちでしょうか?

どちらにしても(幸運か不運かどうであれ)

運を気にする人だと私は思いますがどうでしょう?

そして、ここでタイトルに戻るのですが

どうして人は「運を良くしたい」のでしょうか?

他の人に聞くばかりだとあれなので、私の場合を書いてみます。

では、

「運が良い人」は、経済的に豊かであり
人生が充実している(ように見える)し、幸せそうにも見える。
何より、楽しく生き生きと生きてる姿に憧れ、魅力を感じる。

というのが私の答えです。

これを簡単に書いていくと

要は  「自分と他人を比較して」 

結果  「自分の方が劣っている&惨めだから」

どうにか「自分も運の良い人みたいなってみたい運を良くしたい」

と考えた。

というのが私の考え方のようです。

しかし、このパターンの考え方は、

自分が「不幸」だから

幸運で幸せな人と同じように「自分も幸せになりたい」

と思考パターンがそっくりです。


ただ、私はこの考え方は普通にある事だと思っています。

上の文章を読むと、読む人によっては、

悪いイメージがわいてくるかもしれませんが、

この思考パターンは、誰もがしている考え方です。

しかし、こういう考え方で生き続けていると、

人生が辛く、生きていくのが辛い状態になりかねない。

とも私は思っています。

というのも、どちらも「他人と比較」しているからです。

皆さんもご存知のとおり、

不幸になる簡単な方法は「自分と他人を比較すること」です。

私は、上に書いたとおり、一番最初にこれをやってしまってます。

ただこれをすると、即、不幸になるのか?

というと必ずしもそうなる事はないみたいですが

しかし、確実に悩み事は増えます。

また、自分にコンプレックスをも抱きます。

しかし、楽しい人生を歩みたいなら、

どちらも最小限に止めておきたいところです。

でも自分の事を過小評価している人が、自分と他人を比較すると

ほぼ確実に悩んだり自己嫌悪に落ちるのです。

ただこれ自体は、悪いことではありません。

他人と比較すると必ず悩みますが、悩みやコンプレックス等は、

逃げずに受け止めて、頑張って改善していけば、

その人を人間的に成長させるものに変化します。

(そういう意味で、良いも悪いも無いと思うのです)

ただ、ここで注意点がひとつありまして、

失敗を連続で経験して、挫折を何度も何度も経験して、

結果、人生に疲れてしまった人が、

運を良くすることに「執着する」

のは良くないと思っています。

言い換えて書くと、

「運を良くすれば今の状況が改善されて何もかも良くなるのだ」

と盲信して、ただただ運を良くするために

善悪を考えず、人の迷惑をかえりみずに突き進むのは

その人にとっても、周りの人にとっても良くない気がします。

(これは自暴自棄になって酒に溺れるとかと一緒で
 形を変えた運を良くするバージョンという感じでしょうか)

これは今の自分は不幸だから
何が何でも「幸せになりたい!」人にもいえますよね。


さて、話を戻して

私の上の答えは、他人と比較して~から始まりましたが

これとは別に「過去の自分と比較して」という理由から

運を良くしたいと思ったこともありました。

私の過去、高校の頃の話ですが、
当時はいろいろ武道を習っていたのもあって
自分でなんでもやれると信じて(過信して)いました。

(どんな事でも乗り越えられる。人の助けはいらない。
 と学生の頃は本気で思っていました)

が成人になり、しばらく病気で動けない状態が続いた時。

食べることすらままならない状態の真っ最中の時に、

この過去の自分を思いだし、比較し、

過去の自分に嫉妬していた時期があったのです。

ただこの状態は、

活動的な人が年を重ね足腰が弱って寝たきり老人になるか、

いつも元気だった人が重い病気に長期に苦しめば多方経験する話です。

どんな人でも老人と呼ばれる様な年になれば、

誰でも経験する状態ではないでしょうか。


さて、上の様に他人と比較する事も不幸を呼びますが、

この自分の過去の栄光に嫉妬することも不幸を呼びます。

ただどちらも、それを「バネ」に出来れば、

更に人間的に成長できますが

体が弱ったり、重い病気でいつも苦しい状態で、

他人や過去の自分をバネにして成長するというのは、

とても難しく厳しい話だと私自身実感しています。


いろいろ話が飛んだ感じになりましたが

幸運になるにしても、幸せになるにしても、

他人や過去の自分と比較して。が出発点だった場合。

人間的に成長する人もいれば、

悩みやコンプレックスばかり感じ、自己嫌悪に陥って

辛い人生を送る人もいるのではないでしょうか。

ただ、ここの所を知ってるのと知らないでいるのとでは、

同じ様に苦しむ場面であっても

いくらか気が楽になるかもしれないので

今回ちょっと書いてみました。


まあ、運を良くしたい理由は人それぞれです。

たとえ今、運が悪くても、

人の一生の中には、人生の勉強として

不運自体避けれない時期もあるみたいなので

それはそれで不運を嘆いてばかりでなく

楽しむ余裕がある生き方をしていきたいもんです。



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