今回は、
「真理のことば ブッダ」という本を読んで
ちょっと感じた事や、自分の考え、
意見を書いていこうと思ってます。

さて、私個人は、いままで
ブッダの事をあまり詳しく知りませんでした。
(それを前提として読んでみてください)

この本は、ブッダを長年研究している人が
書いた本なので、かなり詳しくブッダのことや、
ブッダの教えに近い「ダンマパタ」の事について、
わかり易く書いてあります。

日本では、仏教が主流ですが、
いろんな宗派があるのは
みなさんもご存知かと思います。

ただ、本の中では、「釈迦(ブッダ)の教え」は
「念仏を唱えれば救われる」というものでは無い。
自分の道は、自分で開けという教えだ。
と書いてあります。日本の仏教とは違う印象です。

そして日本の仏教には、いろんな宗派があり、
お経を唱えれば救われるという宗派もあります。

これは本来の仏教
(ブッダの教えとでは)とちょっと違う感じです。

そして私個人の考えも、
この釈迦の仏教の言ってる事の方が、
普通の事で、当たり前の事だ。と思っています。

確か、キリスト教でも、
キリスト教の教徒になれば救われるとか
免罪符とかで救われるとか
きたことがあるのですが、私はよく知りません。

そもそも、
自分以外の何かに頼る事自体が『依存を誘発し』
他人やモノの依存なくしては、
生きていけない人間になってしまうのでは?
と、考えてしまいます。

逆に、別の考えの人もいます。例えば

自分はひとりで生きていけると思ってるし、
今でも周りの援助は何も受けていないし
自立しいている。助けはいらない。

こういう考えを本気で信じてる人がいるのですが
こう言う人は、モノを知らない恥ずかしい人だと
私個人は思っていので、今回の話からは外します。

実は、人間というのは
一人である程度の事は出来る様に作られています。

しかも、世の中のひとりひとりに、
ひとつ以上は、特別な才能があり、
実際、世界に誇れる才能をもって、生まれてきています。

ただし、今の日本では、その才能が開花できないように
「社会システム」が作られているため、『日本人は特に』
凡人として、無力な自分に悩みながら、他人に頼って
生きていかないと生活できない様に、仕組まれています。

自分には才能が無い。やれる力がない。と思ってる人ほど、
何かに頼らなければ、依存しなければ、生きていけません。

また別の視点から見ると、有名な宗教ほど、
この頼りたい無力な人や、依存体質の人が沢山いないと、
宗教として存在し続ける事自体不可能です。

実際、人は本来、ある程度の事は自分で出来ます。
もちろん、物事の判断も、
ほぼ全て自分で決める事が出来ます。

ただし、日本の社会システムでは、小さい頃から、
自分で物事を判断しない、させない教育や、
何かに依存する事が正しい風潮を学校ですり込んでいきます。

私自身、何かを考え決断し、自分の責任で決定する事を
学校の授業では、特別に何か教わった記憶がありません。
(その前に世の中の正しい情報や知識を教わっていません)

日本の学校では、記憶力がある人のみ、
成績が良くなるシステムになってるので
こういう、人としてのあり方や、人格形成には、
あまり時間を取れなかったのだと思います。

話をもどします。

この本には、
「自分の道は自分で開けという厳しい教え」
と、書かれていましたが、
これは当たり前のことで、
別に厳しい事でもなんでもないと思ってます。

何かに頼ったり、依存する事が
間違ってると気がつかない人にとっては、
厳しいと感じるかもしれませんが

人は本来、自分で考え、物事を決め、
全てに対して責任を取るのが
当たり前の姿じゃないかな?と私は思っています。

ただし、自分で何もかも決め、責任を取る事は
他人の言いなりになって周りに流されてきた
人にとっては、とても面倒で辛い事かもしれませんね。

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